企業にとって社会保険料の負担は重く、役員報酬の見直しによってコスト削減を目指す動きが見られます。中でも「事前確定届出給与」という制度を使って保険料を抑える方法が、経営コンサルタントなどから提案されることがありますが、果たしてその活用は本当に安全なのでしょうか。
■ 社会保険料削減スキームとは?
このスキームの概要は、役員の月額報酬(定期同額給与)を大きく下げる一方で、賞与として支払う「事前確定届出給与」を増やすというもの。賞与部分には社会保険料の上限があるため、その限度を超えた分の保険料を削減できるというロジックです。
一時は広く使われていたこの手法ですが、現在では厚生労働省が発出した通達(年管管発0918第5号)により、形式的な報酬の入れ替えであっても、実態に応じて社会保険料の再計算が求められるようになりました。つまり、表面的な「給与の付け替え」による削減効果は、必ずしも期待通りにはならない可能性があるのです。
■ 見落としがちな最大のリスク:退職金の損金算入
このスキームの中で最も注意すべきなのが、役員退職金に関する税務リスクです。
役員退職金は「功績倍率法」と呼ばれる方法で妥当性が判断され、その中の「最終報酬月額」が非常に重要な計算要素になります。しかし、定期給与を極端に減らしている場合、この最終報酬月額が低くなってしまい、結果として退職金の損金算入限度額が減ってしまうのです。
たとえば、退職直前の月の給与が大幅に減っていれば、どれだけ過去に高額の事前確定届出給与(賞与)を支給していたとしても、それは最終報酬月額に含まれない可能性があります。税務上、賞与は月額報酬とは別物として扱われるため、損金処理できる退職金の額が抑えられてしまうのです。
■ 見解が分かれる中で、なぜ慎重対応が必要なのか?
一部では、年間報酬を12で割った額を最終報酬月額と見なしてもよいという見方もあります。しかし、税務通達や裁判例を見ても、「退職直前の月の支給額」こそが基準であるとする見解が優勢です。
したがって、安易な社会保険料の削減を目的としたスキームは、短期的なメリットよりも、将来的な退職金支給時の不利益や、税務上の否認リスクが高いという点を踏まえ、慎重な判断が求められます。
【まとめ】
社会保険料の負担を軽減したいという企業の意図は理解できますが、「事前確定届出給与」を利用した安易なスキームには重大な落とし穴があります。特に、退職金の損金算入に影響を与えるリスクは経営に直結するため、節税策として導入する際は、必ず税理士等と十分に相談し、リスクを正しく認識することが重要です。