■ こんなケースに要注意!
ある会社で、代表取締役が退任した際、退職金が支給されました。ところがこの支給、株主総会の決議を経ていなかったのです。しかも、前社長と親しかった取締役が独断で決めてしまったもので、後任の社長はその支給をまったく知らされていませんでした。
このような「株主総会の決議なしに支払われた退職金」は、果たして合法なのでしょうか?
■ 原則:株主総会の決議がなければ退職金の支給は無効
会社法では、役員報酬や退職金の支給には株主総会の決議が必要とされています(会社法361条)。したがって、株主総会や定款で定めのないまま支給された退職金については、法的に支給する義務は発生しておらず、会社は「不当利得」として返還請求ができるのが原則です。
実際、過去の最高裁判決でも、株主総会の決議も株主全員の同意もなかった事例において、退職金支払いの無効が認められています。
■ 例外:全株主の同意があれば有効に
一方で、株主全員の同意がある場合には、たとえ正式な株主総会の手続きを経ていなくても、退職金支給が有効と判断されるケースもあります。
例えば、最高裁平成15年の判決では、全株主の同意があれば退職金の支給は問題とならないことが示されました。また、後から株主総会で追認された場合も有効になるとの判断が下されたことがあります。
■ 特殊事例:返還請求が「権利の濫用」とされたケース
さらに注目すべきは、株主総会の決議を経ていない退職金について、返還請求自体が「権利の濫用」とされた最高裁平成21年の判例です。
このケースでは、会社が慣例的に代表者の決裁で退職金を支給しており、退職役員も「決裁済み」と信じていた状況でした。支給後に1年以上経って返還を求めた会社に対し、最高裁は「信義則に反する」として請求を退けました。つまり、会社の慣行や経緯によっては、形式的にルールを守っていない場合でも、支給が有効と認められる余地があるのです。
■ 税務上も要注意!損金算入には「株主総会決議」が鍵
税務上、退職金を損金(経費)として認めてもらうためにも、株主総会の決議が重要です。法人税基本通達では、退職金の損金算入時期は株主総会の決議時とされているため、議事録の保存や功績倍率などの裏付け資料が必要です。
特に同族会社では、株主=役員ということもあり、形式が軽視されがちですが、税務調査でもこの点は厳しく見られます。
■ 実務上の教訓:形式をおろそかにしないこと
なお、トラブルを避けるには、次の3点が重要です。
・株主総会の開催と議事録の作成を徹底すること
・退職金支給に際し、定款や社内規定に沿って手続きを進めること
・やむを得ず議事録がない場合には、株主全員の明確な同意を得ること
「形式だけの書類」と軽視せず、しっかりとした手続きを踏むことが、会社・役員双方のリスクを回避する最大の防御策です。
■ まとめ
役員退職金は、多額になることが多く、支払いの根拠が曖昧だと法的にも税務的にも大きなリスクを招きます。特に中小企業では形式面が疎かになりやすいため、今回の事例を他山の石とし、株主総会決議と書類整備の徹底を心がけましょう。