人手不足や人件費の上昇など、中小企業を取り巻く経営環境は年々厳しさを増しています。その一方で、従業員の定着や採用力強化のためには賃上げが欠かせません。こうした状況を受け、政府は「賃上げを実行する企業」を強力に後押しする税制を用意しています。
その代表格が 中小企業向け賃上げ促進税制 です。大企業向けの制度に比べて要件がシンプルで、しかも令和6年度税制改正により「繰越税額控除制度」が導入されたことで、利用しやすさが大きく高まりました。ここでは制度のポイントと実務上の注意点を整理します。
1. 制度の対象となる企業
利用できるのは、資本金1億円以下の青色申告法人や個人事業主など「中小企業者等」です。ただし、次のようなケースは対象外です。
・大企業の100%子会社
・一部の協同組合や特殊法人
つまり、独立性を持った中小企業を主な対象としています。
2. 適用される年度
本制度は、令和6年4月1日から令和9年3月31日までに開始する事業年度 が対象です。適用期間が明確に区切られているため、計画的に利用する必要があります。
3. 賃上げの基本要件
最大のポイントは「従業員給与の総額が前年度を上回っていること」です。さらにその増加率に応じて控除率が変わります。
・1.5%以上増加:基本控除率 15%
・2.5%以上増加:控除率 30%(上乗せ措置)
たとえば、給与総額が1億円で前年から2.5%増となれば、3,000万円が増加額。この場合、30%の控除率をかけて 900万円を法人税額から控除 できる計算になります。
4. 給与総額の対象範囲
対象となる給与は「国内従業員」に支払うものです。
・正社員、パート、アルバイトすべて含まれる
・賃金台帳に記録された給与がベース
・役員やその親族への給与、退職金、賞与のうち不定期な部分は除外
集計の際に誤りやすいポイントなので、税理士と連携して確認することが重要です。
5. 教育訓練・女性活躍の取り組みで加点
単に賃上げするだけでなく、人材育成やダイバーシティ推進 に積極的に取り組む企業にはさらなる優遇措置があります。
・教育訓練費が前年度比10%以上増加 → 控除率をさらに加算
・厚生労働省の認定制度(くるみん・えるぼし・プラチナえるぼし等)を取得 → 控除率アップ
特にプラチナえるぼし認定は長期的に評価されるため、採用活動でも「働きやすい企業」としてのブランド強化につながります。
6. 繰越税額控除制度の導入
令和6年度改正の大きな目玉は、使いきれなかった税額控除を翌期以降5年間繰り越せる ようになった点です。従来は、控除できるのは法人税額の20%までで、赤字や税額が少ない企業は「使い残し」が出てしまうことがありました。今回の改正により、黒字転換した将来年度で控除を活用できるため、赤字でも賃上げに踏み切るインセンティブが生まれています。
7. 実務上のチェックポイント
制度を活用するには、次の点を押さえる必要があります。
・賃金台帳や給与データを正確に管理しているか
・「役員給与」や「親族給与」が混在していないか
・教育訓練費を明確に区分して計上しているか
・認定制度(えるぼし等)の取得に向けた体制を整備しているか
これらを事前に準備しておくことで、税務申告時にスムーズに適用できます。
まとめ
「中小企業向け賃上げ促進税制」は、単なる税負担の軽減策ではなく、人材投資を通じて企業力を高めるための仕組み です。特に繰越控除制度が導入されたことで、赤字期でも賃上げに取り組む意味が生まれました。
中小企業にとっては、経営戦略の中で賃上げを「コスト」ではなく「投資」と位置づける好機といえるでしょう。
今後の賃上げ方針を検討する際には、この税制を最大限活用し、従業員のやる気と企業の成長力を両立させていくことが期待されます。