企業グループ内の人事戦略として「転籍」を活用するケースは少なくありません。転籍は出向と異なり、転籍前法人との雇用契約が終了し、新たに転籍後法人との雇用契約が成立するため、通常は給与や賞与の差額補填は発生しません。
しかし実務上は、労働条件の不利益を補うために「給与較差補塡金」が転籍前法人から支給されることがあり、税務処理に注意が必要です。
■税務上の位置づけ
所得税基本通達35-7では、転籍前法人から転籍者に支給される給与条件の差額補填は「給与所得」として扱うとされています。つまり、退職後に受け取る自社年金(雑所得)とは異なり、課税対象となる給与とされ、源泉徴収の対象になります。この取扱いの範囲は次のとおりです。
1.対象者:転籍した使用人(役員は委任契約のため対象外)。
2.対象となる差額:転籍前後の法人間で給与条件の差が生じ、その補填として支給されるものに限る。
■実務上の典型事例
1.人事政策上の転籍
例:定年を延長した際、旧定年に達した社員を子会社に転籍。本人の合意を得て65歳まで雇用を継続し、差額分を親会社が補填。
2.転籍後の出向
例:親会社から子会社に転籍させた後、さらに孫会社に出向。最終的に親会社の給与水準を維持するため、親会社が補填を続けるケース。形式は転籍でも実質的には出向とみなし得るため、補填金は給与として処理するのが妥当とされます。
■企業側の留意点
1.契約の明確化
給与補填を行う場合は、転籍契約書に補填の条件・期間を明示しておくことが不可欠です。これにより、給与性の根拠が明確になり、寄附金認定リスクを回避できます。
2.税務処理の一貫性
補填金は給与として源泉徴収義務が生じます。転籍前法人が源泉徴収義務者となるため、支払事務を明確に分担する必要があります。
3.人事政策と税務の整合性
転籍・出向の組み合わせはグループ経営上有効な手段ですが、形式だけでなく実態に即した判断が税務上求められます。実質的に出向と評価される場合には、出向者に対する給与補填の取扱いを参考にする必要があります。
4.寄附金認定のリスク管理
給与補填が形式的に転籍後法人や出向先法人への資金援助と解釈されないよう、補填があくまで転籍者個人への給与であることを契約・処理上明確にしておくことが重要です。
5.労働条件同意の確保
転籍は本人の同意が前提です。不利益変更を伴う場合は、補填条件を示したうえで同意を得るプロセスを丁寧に進めることが必要です。
■まとめ
転籍に伴う給与較差補塡は、人事政策上の柔軟な選択肢である一方、税務上は「給与」としての取扱いが基本です。企業にとっては、契約内容の明確化と税務処理の整合性を確保することがリスク回避のカギとなります。人事と経理・税務部門が連携し、制度設計と運用を慎重に進めることが求められます。