会社が死亡退任した役員に退職金を支給する場合、その金額は「みなし相続財産」として相続税の対象になります。では、資金難により退職金の一部を支払えなくなったとき、その分は相続税から除外できるのでしょうか。
実はここに、大きな誤解と実務上のリスクがあります。
■ 未払となった退職金でも「みなし相続財産」のまま?
死亡退任後3年以内に支給が決まった役員退職金は、相続税法上、相続財産と同視されます。
今回のケースのように、分割支給の途中で会社の資金繰りが悪化し、遺族と合意のうえで一部を「不支給」としても、その金額が自動的に相続財産から除外されるわけではありません。
除外するには相続人が「更正の請求」を行う必要がありますが、これが認められるのは以下の場合に限られます。
・申告ミスなど、法律に沿っていなかった場合(通常の更正)
・事後的な事情変更が“やむを得ない理由”に該当するとき(後発的事由)
今回問題となるのは、この後者です。
■ 実際に争われた事例:未払退職金が帳消しになっても相続税は戻らず
2019年の国税不服審判所の裁決では、今回とよく似たケースが取り上げられています。
● 事例のポイント
・役員退職金は分割支給予定
・会社の資金難により、未払分を相続人と「合意解除」
・相続人は、支給されない分を相続財産から除外できるとして更正の請求を提出
➡ 国税庁はこれを認めず、審判所も同判断
審判所は次のように判断しました。
「合意解除が“やむを得ない事情”に基づくものとはいえない」
つまり、支払われないはずの退職金であっても、相続税の対象から外せないという結論です。
なぜかというと、支給中止は双方の任意の合意に過ぎず、会社の経営悪化が法的な解除事由に該当しないと判断されたためです。
金融機関の支援や経営改善のプロセスの中で債権放棄が求められることは珍しくありませんが、その事情は必ずしも「やむを得ない」とは扱われないのです。
■ 遺族への影響:実際に受け取っていなくても課税対象
このような判断が示すのは、非常に厳しい現実です。
遺族は実際に受け取っていない金額に対しても相続税を支払わなければならないという状況が発生し得ます。
未払退職金の不支給を遺族と合意したとしても、相続税申告上は「みなし相続財産」のまま扱われる可能性が高いといえます。その結果、遺族に余計な税負担を負わせてしまう恐れがあります。
■ 実務上の教訓 ― 分割支給の判断は慎重に
今回の裁決例は、実務に大きな示唆を与えています。
● 大切なポイント
・分割支給は慎重に判断すべき
・会社の資金繰りが不安定な場合、将来の「不支給」や「減額」が相続人に不利益を与える可能性がある
・「やむを得ない理由」による更正は非常にハードルが高い
つまり、会社側は安易に「分割にしておけば何とかなる」と考えるべきではありません。
■ まとめ
・死亡役員の退職金は「みなし相続財産」として相続税の対象
・資金難による支給中止があっても、原則として相続税は戻らない
・相続人が受け取れない金額でも課税され得る
・分割支給や後日の減額は、遺族に不利益を与える可能性が高い
役員退職金の決定は、会社の資金繰り・税務・相続人への影響を総合的に考えて慎重に行う必要があります。